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風の通る部屋

 絵描きになって初めて住んだのはボロアパートの二階の一室だった。窓辺のコンロで晩飯のサンマやピーマンを焼くとき、東に向いた窓を開けると、いつも正面に比叡山が見えていた。
 当時の窮乏はひどいもので、食い物に困ることもしょっちゅうだった。剥いた大根の皮を軒下に並べ、切り干し大根にして食おうとしたこともある。やっと乾燥しかけた頃に強風が吹き、下の道路一面に大根の切れ端が散乱したときは悲しかった。もちろんちゃんと拾い集めて全部食ったけれども。

 京都人は、霊峰比叡山によく手を合わせるが、不信心な僕は拝んだことがない。比叡山が見える窓にさっさと背を向け、机に並べたサンマやピーマンにばかり手を合わせていたからだ。

2006.07.03

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