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薄紅色の向こう岸

 ほとんど花見らしい花見をしたことがないが、一度だけまともな花見をしたことがあった。美大を卒業したばかりの春、友達が住んでいたボロアパートの中庭で、満開の桜の下に仲間たちと酒を並べ、弁当を広げた。
 その後、ボロアパートは取り壊されてなくなり、仲間も散り散りになったが、今でも気まぐれな風に乗る花びらのように、ときおり彼らの消息が届く。

 桜は短い花の季節に輝くように咲き、散ってなお永く胸に残る。人生の門出を祝うにふさわしく、昔日の門出を懐かしむにもふさわしい。

2009.04.05

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