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孤帆の遠影

 子供の頃、誰もが学校で習う「孤帆の遠影碧空に尽き、ただ見る長江の天際に流るるを」の冒頭が急に思い出せなくなって、しばらく苦しんだ。知ってのとおり、この高名な詩は「故人西のかた黄鶴楼を辞し……」から始まる。友人・孟浩然を乗せた船影が春霞の彼方に消えてゆくのを、楼閣からいつまでも見送る李白の心情をうたった作品だ。

 この詩が詠まれた頃に較べれば、世界はずいぶん小さくなった。現代に生きる我々は、世界中どこに旅立つ人を見送るときも、まさか今生の別れだなどとは思わない。惜別なんてみみっちい感情は、いまやほとんど姿を消してしまったかのように思われる。ただひとつ、冥府に旅立つ人を見送るときを除いては。

2006.05.02

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